2022-03

小説

懐かしき海 18(第二章 3)

3.  かれらがかれらとして歴史に現れたのは、そう古いことではなかった。将棋の駒が弾かれるようにお上が入れ替わった時分、大勢の小さな神様が小さな教祖様の口を借りて、それぞれの処世術を説き回っていた中に、かれらが奉じるかれらの神も混じってい...

雨の糸を透かして白光が見える 港からの遠吠えと 痛みのない身体とが 手に届きそうなくらいに近く 終日降るならば 窓の鉄格子に絡まるがいい 複雑さは私の慰みだから 眠気を誘う縺れのまたもつれ
小説

懐かしき海 17(第二章 2)

2. 「まだ捨てるなよ。大きいのはひと纏めに」  講堂の後始末がひとまず完了したのを横目で確認しながら、田丸は注意を飛ばした。 「明日引き取りに来てもらう」 「垂れ幕はどうしましょう?」  細長い布地を袈裟のように巻きつけたうえ、...

疲労

気分が良くなりたいから 砂糖をまぶした寒天を食べる 血の色にどう細工しても こんなに濃い桃色にはならない 桃色の中で泳ぐ 泳ぎ、泳ぎ渡って向こう岸で 浸した足がさらさらと溶け滲む
小説

懐かしき海 16(第二章 1)

第2章 海より流れ着く 1.  映写機が動きを止め、スクリーンは真っ白に戻り、天井の照明の幾つかが点灯したものの、会場はまだ黄昏どきの薄暗さのままだった。  二列に並べ置かれた長机それぞれに三、四人が割り当てられていたが、それでも...

若気の至り

手首から熱が抜けてゆき ほどなく私は冷たく凝る 痛みさえ感じなければ そのときが明日でも構わない などと大見えを切る愚かさよ
小説

懐かしき海 15(第一章 14)

14. 「写真、全部消してもらったからね」  安心させるように、砂浜から道路へ上る階段に腰掛けた香澄の目の高さに合わせて屈みながら、話しかけてくるのは、確か隣りのクラスの副担任だ。名前は思い出せない。警察官が二人、まだ向こうの岩場にいて...

飾り棚

母の飾り棚の太った鳩は 琥珀で出来ていると聞かされていたが 今にして思うともっと希少で 鉱物の範疇でさえないものだったと 昼日中の光の中に思い出が 母の瞳の縁の色とともに
小説

懐かしき海 14(第一章 13)

13.  駐車場を突っ切って道路を渡った先に見つけた公園の片隅に、半分雑草に埋もれたごみ箱を見つけて、香澄はそこに手提げごと謡子の化粧道具を投げ入れた。もとからさほど期待していなかったが、全く気は晴れなかった。ただ道端に放置するのも嫌だっ...

酒宴

切子ガラスの酒杯の底に 虹が映るだとか 益もないことで喜んでみせ アルコールに溶かし飲み込めば 小さな悲鳴が臓腑から聞こえ 酔うこともできなくなる 酒宴から出る戸口は遥かに遠い 素面のままでは辿り着けない
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