思い出にはならない

餃子を喰って 四人で 坂道を上った 墓場の脇の道だ それで眠った 眠っている間に 海沿いの街が焼け焦げて 山が二つに裂けたけれども 私は傷ひとつ負わず 死なず そのあとも死なず まだ生きている

温かいレモネード

その 布張りの 味のしない 丈の低い腰掛けに 座るためだけに注文される 砕けた植物組織が雪のように 積もっているのを掻き混ぜる 濁った暗いひとつの液体

繁殖

あなたは彼女のことを もう二十年も悼んでいるが 骨壺の中身の骨は とっくの昔にばらまかれて もうそこいらで 充分に繁殖している

出血

こんなところに蛇口があると 遠からず 血が全部抜けてしまう 蟻が横断歩道で溺れて 蒼ざめて萎れる都市を踏み潰す

晦日

踊りに行くには早すぎる 雪ぐらい降ってからじゃないとね 音楽が止まったあと 凍えもせず 温まった家に 戻って来られるようではちょっと 黒いライトの下で 踊りながら どこへも帰れないと考え込んで いつの間にか息を吸うことも ...

夢の中なら

桜の香りをつけた酒だと 差し出されたものを買い 世にもやわらかい 羽根布団なるものを買い 蒼白い炎を吹くライターを買い 酔いに任せて夢の中でいまだ続く 六時間目の学校を焼く

先達たち

多くの血と息が わたしの戸口の前を 通り過ぎて行った 曲がり角の手前で 多くの血と息は ひとつの点に吸われて 見えなくなってしまったが わたしの耳には嵐が聞こえ ひとつしかない部屋には 鉄の匂いが充ちていく

空港にて

空港に避難者が到着すると 麝香のかおりが均等に広がり 本当にはこちらの側にしか 存在しない空腹というものを 均等に かれらは思い出すのだった

ヴェルヴェット

白くつながった虹の端と端をつかまえている 夏の中でなめらかなものはすべて押しやられてしまう そしてわたしは 向こう端にいるのが誰だかを知らない

駄菓子屋

どうぞ、と言われたが 店先に並んだ中に 私の知っている駄菓子は ひとつとして見当たらず 味すら見当もつかず 当てずっぽうに 私には子供時代など はなからなかった
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