小説

あめをまてども

あめをまてども 4

4.帰還  祖父の家の敷地には、囲いと言えるような囲いはない。門と言えるような門もない。ただ、なんとなく地面が茶色から好き放題伸びた草の緑に変わって、その草の葉の間に半ば埋もれている、車止めらしき出っ張り二つと、町内会が設置している防犯灯...
あめをまてども

あめをまてども 3

3.高山印  酔っ払いが派手派手しい音を立ててグラスを落とした。 「おお、久しぶりにやりおったぞ」  ほれ、行け、と店長が背中を小突く。たすくは素早く雑巾を腰に挟み、モップと塵とりを手に取って、カウンターの後ろの隙間を縫って客のところ...
あめをまてども

あめをまてども 2

2. 雨を待てども 待てども待てども雨は降らず、降る兆しも全く見えない。 そんな報道が毎日のようにテレビや新聞を賑わせている。  確かに、もう2か月近く雨音を聞いていない。異常な事態だ。そろそろダムの水位とかやばいことになってるん...
あめをまてども

あめをまてども 1

1. ネコ人間  たすくがネコ人間と出会ったのは、つい最近のことだったが、もしもその邂逅について語ろうとするのならば、7月21日(日曜日)の午後6時半に、葱氏(ねぎし)町の郵便ポストがある角で……、などと語り出すのは不釣り合いのように...
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懐かしき海 29(第二章 14)

14. 海は夕暮れに覆われ、その全体が湿っている。  潮が満ちはじめていて、朱の塊がのしかかってくる。  嘴状に張り出した磯が右手に影となって貼りついている。先端のぎざぎざの岩も、もうじき海中に没するだろう。 大気そのものが朱に染ま...
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懐かしき海 28(第二章 13)

13.  夕方が近づいてきたあたりから、かれらは自分たちが奇妙な興奮状態に捕らわれていることに気づいていた。 意味もなく笑いたくなり、足がそわそわと落ち着かず、それを抑えて何気ないふうを装うのがやっとという具合なのだ。心臓が暴れ、異常な...
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懐かしき海 27(第二章 12)

12.  ここがそうです、と案内すると、田丸の後ろを蟻の行列のように付いてきた連中は、一斉にカメラを構えた。そして、おお、そっくりそのままだ、まさしくここだ、などと囁き合い、海岸と道路を隔てる低い堤防に仁王立ちして、写真や映像を撮り、眺め...
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懐かしき海 26(第二章 11)

11.  香澄が海水に接触する。彼女の体の一部が種々の有機物や無機物を溶かした液を押し退けて滑り込む。 この瞬間それ自体には何の意味もない。彼女には何の神聖さもない。それでもその瞬間、やもめたちはわずかに動揺する。シュノーケルの先がゆら...
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懐かしき海 25(第二章 10)

10.  静かに夜が明けて、早々に田丸は目を覚ました。手早く身支度をすると、隣室を覗く。やもめたちは朝食をとっている。両側のベッドにきっちり同数だけ腰掛けて、残りは旅行用スーツケースを持ち込んでその上に座っている。かれらは揃って、プラスチ...
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懐かしき海 24(第二章 9)

9.  何ら特別ではない平凡な夕暮れがのろのろと這い去った。田丸はカーテンを開けたままにして、薄く張った雲に濾されてやや淡く濁ったその光が部屋に溢れてその後衰えるさまを存分に味わいながら、ベッドに腰掛けていた。定時の報告は何ごともなく、も...
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