kohagi

水滴

自転車が湿気ていて長々と宙に寝転び もう二日も街を出られずにいる 汗をかくから替えの皮膚が必要 明日までに、もう三四枚ほど 夏のあいだじゅうこの慣わしが続く

幻覚

最近はふとした暇に 半透明のピンポン玉みたいなやつが 目の前に湧いてきて 押し合いへし合い それでも商談の相手が いくらの値をつけたのか 聞き逃すわけにはいかないのだ

曖昧な悪夢

「どうか私の 罪の告白を 最後まで聞き終えて そのあと 速やかに死んでくれたら 助かるのだけれど」 とかなんとか ぬかしているが 誰に向かって言っているのか 死ぬまで知らないままで いる方が賢明なのだ

旗印

明け方に 気持ちの良い夢を見て 寝巻のまま 足首に糸を絡めて チョコレート色に焦げた空 太陽光パネルの屋根の上に 掲げられ 西の風を浴びる 髪の毛は東へ棚引く 木たるべき一日の 旗印として

十二歳

十二歳 仲間を売る相談をする 路地じゅうに響く大きな声で 警察を呼べ 警察に引渡せ 重罪人だ 植木鉢の砦が崩れ去り 木蔦の絡まる格子戸の向こう わたしたちの祖母が目を醒ます

蛇としての散歩

散歩に出ると 私は蛇に変わる 誰も私に道を作らない 雨上がりの隣人たちは 砂金を被ったように眩しい 雨樋の口から汽笛が漏れ出る 意地悪は意地悪のまま 誰も蛇に関心がない 葉末に絡まる水晶の数珠 思案気な顔は思案気なまま

邪悪な煙

焼き鳥を燻す煙が 屋台の軒を離れ 新緑の 枝々に巣を掛け 炎天下 あらゆる人の 相互理解への努力を帳消しにする

絶縁

悪い風のせいで 電話線が切れた つながらない言葉しか 喋らなくなった それで母との縁も 遂に切れてしまったのだ

鳥が空からはみ出ている それで私のベランダに落ちてくる ぼたぼた、ぼたぼた とめどない愚痴と 冷めきった十年 ぼたぼた、ぼたぼた

嘘をつく人

どうも靴の底の 刳り貫き方が悪いようで 郵便受けを覗くだけで白髪が出るし 猫を撫でるだけで帯電する
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