雨の季節

骨が砕けた家の 隙間を探して這いつくばる 猫の呼び合う声が さっきまで盛んに聞こえたのだが 猫は土の窪みから水を舐め 髭の先まで水を含ませ そうしてこの街から雨を ことごとく奪っていってしまう

雨宿り

砂糖飴でも舐めて いっとう奥の席で待とうか 小糠雨が止んで 草木が枯れ萎み 空が灰色に凝る 学がないものだから そのあとどうなるのかは分からない
小説

懐かしき海 29(第二章 14)

14. 海は夕暮れに覆われ、その全体が湿っている。  潮が満ちはじめていて、朱の塊がのしかかってくる。  嘴状に張り出した磯が右手に影となって貼りついている。先端のぎざぎざの岩も、もうじき海中に没するだろう。 大気そのものが朱に染ま...

その人

口を滑らすには生暖かい昼だ 今年の干支と同じくらいに 曖昧至極な覚え方で 確かにその人かと訊かれれば 天神様の言うとおりに任せた方が まだしもそれらしく思えるのに 参道の砂利から滲み出したみたいな顔だ 手足は三日も前に死ん...
小説

懐かしき海 28(第二章 13)

13.  夕方が近づいてきたあたりから、かれらは自分たちが奇妙な興奮状態に捕らわれていることに気づいていた。 意味もなく笑いたくなり、足がそわそわと落ち着かず、それを抑えて何気ないふうを装うのがやっとという具合なのだ。心臓が暴れ、異常な...

金策

金を恵んでくれる奴についていく 亀の甲羅を被って素知らぬ振りをする 生臭い足跡が銀箔に変わる 昔馴染みを巻いて水引を結んで奉る
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懐かしき海 27(第二章 12)

12.  ここがそうです、と案内すると、田丸の後ろを蟻の行列のように付いてきた連中は、一斉にカメラを構えた。そして、おお、そっくりそのままだ、まさしくここだ、などと囁き合い、海岸と道路を隔てる低い堤防に仁王立ちして、写真や映像を撮り、眺め...

冷たい衣

電池から白い粉が出て 真昼間にこの家だけ暗闇の 生臭い臭いだけを頼りに歩めば その存在さえ忘れていた部屋で 誰かが脱ぎ捨てた冷たい衣を見る
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懐かしき海 26(第二章 11)

11.  香澄が海水に接触する。彼女の体の一部が種々の有機物や無機物を溶かした液を押し退けて滑り込む。 この瞬間それ自体には何の意味もない。彼女には何の神聖さもない。それでもその瞬間、やもめたちはわずかに動揺する。シュノーケルの先がゆら...

花の海

花の海が窓際まで漂ってきている 裏庭の井戸から光を取り出さなくては 光が貫いて眠気が額を包み込む 喉を塞ぐ花びらの一枚ずつが私の友だち
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